今年の梅雨はなかなかの長っ尻らしく。
すっきりと晴れた日が1日もなかったとは言わないが、
雨は降らずとも、じっとり蒸す日ばかりが続いたその挙句、
例年ならば とうに明けている頃合いだってのに、
いつまでもいつまでも、重苦しい曇天が続き。
湿気の多い中、
気温だけがじりじり上がってゆく日々であり。
「青葉のころの爽やかな暑さが懐かしいよの。」
陽射しが強まったせいでのあの暑さへも、
一応は不満をひとしきり吐いた筈の御仁が。
何においてもいつだって前向き、
通過した後のことなぞ、
考えたところでそうそうやり直せるもんじゃなし、
誰が振り返ったりするものかという
極めつけの不撓不屈な猛者である筈の御仁が、
あの暑さを懐かしいと回顧しておいでなのだから、
“……世も末なのかも知れん。”
もっと他に言いようがありませんか、葉柱さん。(苦笑)
狩衣やら警護専任の随身(ずいじん)用の衣紋じゃあなく、
どちらかといや、
舎人(とねり)や仕丁といった、
雑役担当の者らが着るような、簡易で粗末な衣紋。
漆黒とまではいかぬが、それでも日陰に紛れやすい濃色のそれ。
一応は袍(ほう)と呼ばれし上着を重ねた装束を、
屈強な肢体へと従わせ、破綻なくまとった、黒の侍従殿の来訪へ、
「よお。
お前らには過ごしやすいように、
お天道さんが随分と大盤振る舞いしてくれてんぞ。」
しのつく こぬか雨の音から身を伏せる事はたやすい存在、
それをやすやすと嗅ぎ分けて。
細い肩越しに振り向くと、
そんな憎まれを開口一番吹っかけてくる術師殿。
今日はそれでも明るいほうで。
薄曇りにも見えるよな庭のそこここでは、
ユキヤナギやクチナシの繁茂した茂みを雨露が濡らし。
もっと緑よ深まれよと、
色鮮やかに洗うかのよう。
そんな静けさ、淑やかな風情を背景にすると、
金の髪に色白な頬という淡い色合いの蛭魔の風貌は、
その輪郭が曖昧になっての、
何とはなくだが、頼りなく見えてならなくて。
何より、
「…何だよ、そんなところで ぼーっとしてやがってよ。」
人とのやり取りが面倒臭いと、
独りでいる方が気が楽と、
口先だけじゃあなくの本心から思ってる、
天衣無縫の放埒な彼には違いないのであろうけど。
だからと言って人間嫌いという性でもないくせに、と。
葉柱を苦笑させるのがこんな折。
言外に、早く傍らまで来ないかと、
焦れかけているのが見え見えであり。
―― 仲間内の様子はどうだったんだ?
雨に卵や巣が流されちゃあなかったか?
ほら。
本人は場つなぎのつもりで言ったんだろうが、
そう言ったことを想定できる、
感受性やら気遣いを持ってはいる訳で。
「? どうした?」
「いんや。皆、息災だったさ。」
ゆったりと、だが あんまり気は持たせずに。
傍らまでへと歩み寄り、
こんなところで妙な気遣い、
肩越しになった蛭魔の視野の中に収まるよう、
あとちょっという微妙な距離を残した後背へ、
はやばや腰を下ろしてしまった葉柱であり。
主従が居並んでどうするかという義理を、
まだ陽のある内だしと通した彼にも見えなかないが、
「…………ぉぃ。」
阿吽の呼吸が出来上がってることへ、
なのに思わぬ態度にて、
気の利かない素振りを勝手に差し挟まれたような、
そんな気がしたらしい御主殿。
低い声出し、とはいえ、
どういうつもりと、詳細までは訊けない微妙なことなれば。
「〜〜〜。」
むうと口許引き絞ってしまうのが、
ささやかながら、葉柱には心地がいい。
“間合いが難しいんだがな。”
このままで放置するのも剣呑なので、
故意に焦らしたんじゃあないからなと言う代わり、
「くうは、今日は降りて来なんだのか?」
「ああ。朽葉がその旨、伝えて来おった。」
この雨にも関係あんじゃね? 細かいことは言えないらしいけどよ。
そうと応じたのを聞いてから、
「じゃあ、いきなり昼寝から覚めたのが乱入って運びにはならん訳だ。」
「………まぁな。」
どういう意味だか、判らんぞ。
さて、どういう意味だろか。
いいように惚けながらも、くすんと男臭い笑いよう。
精悍な口許へ、惜しげもなく浮かべれば。
一旦は はぐらかされた“むっかり”もどこへやら、
そのまま あらためての膝を進めてくる式神殿を、
妙な下心があるとは しょうがない奴だのと、
ぶつくさ言いつつも、来んなとの拒絶はないままに。
すぐの傍らまで、その気配が寄るのを待って、待って。
……………あのな?
んん?
実は昨夜から不在だった蜥蜴の総帥。
湿気の多い昨晩は蒸し暑かったので、
寄り添われても寝苦しかったかもだけど。
何とはなく眠れなかった孤閨は
ちょっと もっと 心許なくて。
濡れ縁の黒光りする板張りに、何とはなく突いてた手、
すぐ間近になった誰か様の衣紋の裾を、
ちょいと引っかけ、ちょいと踏み。
んん?と降りて来た視線がそれを捕まえたので、
何だと問われる前に、むうと上目遣いに睨み上げれば、
「………判った、判った。」
一番上にまとってた袍を、無造作に脱いで見せ。
上は内衣の小袖のみという姿になった葉柱。
だが、
「…。」
「何だなんだ、人ぉ剥いて楽しいか?」
「人じゃねぇし。」
「悪ぁるかったな、蜥蜴でよ。」
下は変則的に“狩袴”という筒の袴を着ていた葉柱。
その腰紐のところで留めるという格好で、
浅青の小袖をすっぱりはだけると、
「…ちぃとじっとしてな。」
もう1枚重ねていた薄手の白小袖は、
その衿合わせを自分の手で左右に割り開き、
そこから現れたほのかにごつい胸板へ、
ぺとりとくっつく誰か様だったりし。
すべらかな頬を擦りつけ始める術師の、
さすがにこうまで唐突過ぎる行動は、
思いがけないそれだったので。
――― お〜〜〜い。
うっせぇな。///////
微妙に冷てぇのが気持ちいんだよと、
顔も上げずにすっぱりと言い返す君だが。
気のせいじゃあなかろ、
見下ろした先、尖った耳の先がほのかに赤い。
衣紋越しではない方が心地がいいんだよ。
じかに触れている方が、
ぺたりとした質感も得られて、涼しさが増すんだなんて。
ぶうたれているようにも聞こえかねない、
ぶっきらぼうな口調でもって。
そんな言い訳、並べる彼へ。
“別に肩張らねぇでもいいのによ。”
もう此処までくっついているのだし、と。
こぬか雨の垂れ込める間際の、
だのに冷えない部屋の中、
とんだ懐ろ猫への苦笑が絶えない総帥殿で。
正確に言やあ、
ひやりとするから気持ちいいのじゃあなくて。
雄々しくも頼もしい筋骨にくるまれる安定や安心、
好もしい相手の存在感が齎す安堵感が、
心 落ち着かせ、
何とも言い難い心地よさをくれるのであり。
もっとずっと、夏本番の暑さになりゃあ、
こんなじゃれ合いも出来なくなるから。
今のうちにこそ堪能堪能と。
こちらもまた、細い肩やら二の腕やらの感触を意識し、
柔らかなうなじの線なぞ見下ろして、
こっそり悦に入る葉柱であり。
すぐそこな筈の真夏が来るの、
知らず知らず邪魔しているのは、
もしかして…あんたたちの“念”なのかもしれないぞ?(苦笑)
〜Fine〜 09.07.24.
*確か似たようなネタで前にも書いたことがあるような?
あれれ? お侍様の方でだっけか?
とうとう記憶もあやふやになって来た筆者ですが、
まま、心地がいいんだから しょうがないということでvv(苦笑)
めーるふぉーむvv 

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